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賢く生きよう

~BSセラピーとハートトークセラピーセッションのご感想。

昨日はありがとうございました。
毎回お2人には凄く癒されて体もすごく軽くなって、、、
本当に感謝しています。ありがとうございました。

本当に全然変わりました。
以前はとりあえず睡眠薬2錠飲んで効かない、もっとたさなきゃ、けどあとどれぐらい薬の残りがあるだろう?
ない、、、薬の経験がある友だちに相談して貰ってきてもらおう、、、
とか凄い焦りと不安でいっぱいでした。
それでも無理やり寝ようとしても頭の中が何かざわざわうるさくてわけのわからない怒りがわいてきて楽になりたくて
リストカットしてみたり、、、って感じでした。

セラピーを受けさせてもらったあとは、寝れなくても気にならない、なぜか安心感があって、
まあ寝れないなら分けてくださったアロマオイルでリラックスしながらごろごろしとけばいいかー。何か音楽でも聞こうかなー。という風に変わりました。
もう薬もほぼ効き目がわからないし、飲んでも飲まなくても変わらないのなら辞められるやん!!とも思います。
ただやっぱりい長年大量に飲んでいたせいなのか完全にはまだやめられていませんが、、、もう卒業は間近だと思っています。

~感想おわり~

Eさんには、BSセラピーとハートトークセラピーをセットで2回受けていただきました。
サロンに来られる前は、薬を一回に多い時は20錠以上も!!!!飲んでいたとか。
これをどうにかやめたい、ということでセッションを受けに来られたのですが、
1回目のセッションで一気に2錠まで投薬量減って、さらにもう飲まなくてもよくなりそう、というところまできたということで、
本当によかったですね。
Eさん、感想ありがとうございます。

知っていると選べる

睡眠薬は、一種の精神薬です。
もうご存じの方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、
精神薬というものは、麻薬や覚せい剤などの違法ドラックと呼ばれるものと、
基本的には同じものだそうです。

成分も、作用も、禁断症状も、後遺症も、まったく同じといっていい。
なのに、それらとはまったく違うもののように言われている、という現実を知っておいたほうがいいですね。

睡眠薬は、麻酔と同じ。
睡眠薬で眠くなるのは、本当に寝てるのではなく、脳をノックダウンさせているだけ。
気絶させているのと同じ。

抗ウツ剤にしても睡眠薬にしても、
麻酔と同じだとか、合法ドラックであるとかわかっていて、
自己責任で飲むのは、それはそれで構わないと思う。

けれど、お医者さんが出す薬だから安全だと、
一方的な情報を鵜呑みにして飲み続け、
気付いたら薬なしではいられない、眠れない、
なんてことになっている、というのは、本当にショッキングなことです。

今回Eさんの不眠解消のため、セラピーや施術と併用して、不眠を解消しやわらげる働きのあるアロマ精油にもお手伝いしてもらうことにしました。
感情が出てきたら客観的に見つめて解放していく、そして寝る前のあくび体操も、できるだけ続けてもらうようにお伝えしました。

とにかく大切なことは、根本的なところに働きかけること。
一見遠回りのようで、これが最も近道なんです。

薬では、一時的に症状が緩和したように見えることはあるかもしれませんが、根本的なところは何も解決しないです。

癒しだけでなく、お金の問題、人間関係の問題、仕事の問題、性の問題など、あらゆることに言えることです。

じゃあ、根本的なところに働きかけるにはどうすればいいか。
そういうことを知らない人があまりにも多すぎます。
悲しいくらいに。。。

何にも知らずに、機械のように集団的に無意識に生きている私たち。
他人が作った良し悪しやルールの中で、翻弄されて生きる私たち。

もしも真実の眼が見開かれて、ありのままの世界が見えたら、、、
この社会の、このしくみのあまりの狂気に、そして私たちのあまりの愚かさに、一瞬ゾッとしてたじろぐことでしょう。

眠った機械のまま生きていた方がずっとよかったんじゃないか、って思うかもしれません。

でもやっぱり、せっかくこの世に生を受けたのであれば、
薄っぺらい表層で生きるのではなく、もっとリアルなコミュニケーションを、リアルな触れ合いを、リアルな生を体験してみたい、
私はそっちを選びますが、皆さんはどうですか??

 

「どんな社会もあなたが賢くなるのを望まない。
それはあらゆる社会がしている投資に反する。
人びとが賢ければ、搾取できない。
人びとが知的であれば、従属させられない。機械的な生を強いれない。
ロボットのように生きるよう強いれない。

(賢くなれば)彼らは自己主張するだろう。彼らは自分の個性を主張するだろう。彼らは自分の周りに反逆の香りを漂わせるだろう。
彼らは自由に生きるのを望むだろう。
自由は知恵から生じる。

本質的に、両者は分けられない。
そしてどんな社会も、人々が自由であることを望まない。

共産主義社会も、独裁社会も、資本主義社会も、
ヒンズー教もイスラム教も、キリスト教も、どんな社会も人々が自分の知性を使うのを望まない。

なぜなら人々が自分の知性を使い始めたとたん、彼らは危険になるからだ。
支配者層にとって危険になる。
権力をもつ人々にとって危険になる。
「持つもの」にとって危険になる。
あらゆる種類の抑圧者、搾取者、弾圧者にとって、危険になる。
教会にとって危険になる。
州にとって危険になる。
国にとって危険になる。

実のところ、賢い人は、燃えていて、生き生きとしていて、炎のようだ。
彼は奴隷になるくらいなら、死んだほうがましだ。
死は大した問題ではないが、彼は自分の人生をどんな愚行にも、
どんな愚か者たちにも、売り渡せない。
愚か者には従えない。」

By OSHO

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今日は「賢く生きよう」でしたが、次回は「アホになろう」というタイトルでお送りいたします(笑)。

 

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