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ガンガジの『ポケットの中のダイヤモンド』復刊!

週末久しぶりに大きな書店の私が好きそうなコーナー(精神、自己、宇宙探求関連)に行ってみて、ときめいてしまいました。
「わあ、これも読みたい!あれも読みたい!まだまだいっぱい読む本がある~!!」
思わず心の中でこう思い、頭の中の「欲しいものリスト」に、10冊ぐらいキープしました。
そのあとで、「ん?」と気づいたのが、私が目指しているのが精神的探求をすべて完了する境地。
私が手に取る本には、そこに行きつくための教えやヒント、実践法がたくさん示されています。
でも、そういう探求を終わらせたいと思って読んでいるつもりが、その探求自体が趣味(執着?)になってしまっているということに気づきました。
純粋に真の自由を得たいという部分と、知的に満足したいという部分が綱引き状態になっている・・・。
ガンガジ(覚者であり非二元論教師のアメリカ人女性)はこのことについて、
「神を求めて神を追いかければ、神はいつも手の届かないところにいるでしょう」

と言っているじゃありませんか!!
じゅうぶんわかったつもりではいるんだけど、やはりどこかで、もっといい考え方、もっといいメソッド、もっといい宇宙観、もっといい教えがあるに違いない、と思って探し求めているんですよね。。。
実は週末に書店で買って帰ったのが、ガンガジの『ポケットの中のダイヤモンド』という本です。
この本は、長い間絶版となっていたのですが、最近の悟りブームの影響があってか、ナチュラル・スピリットさから復刊されました。
半年前に図書館で借りて読んだのですが、とてもいい本だったし、一度読んだぐらいでは理解できる内容ではなかったので、今回購入を決定。
エックハルト・トールさん(『ニューアース』の著者)が序文の中で、「精神的な探求の道程も終わりに近づき、希釈されていない真理を受け取る準備のできている探求者。この本は、急激にその数を増やしつつあるそんな人々のためのものである」と言っているとおり、なるほど、ものすごくラディカルというか、エゴを期待させたり希望を持たせたりするようなことは一切書いていない内容です。
ガンガジによると、人はまず、完全な健康とか経済的な豊かさとか、恋人、他者からの理解、権力、若さなどの世俗的な欲望がもたらすものの限界を見つけます。
世俗的な欲望を満足させることに喜びを感じ、それを得るために努力し、それを失う痛みを味わうのですが、これらの欲望を満たすためにどんなに努力しても、いずれは必ず失うもの(変化するもの)を得るために努力したり失うまいとすることがいかに虚しいことかに気づき始めるのです。
そういう世俗的欲望の追随に幻滅した人たちが次に向かうのが、精神的願望の領域。
自由、真理、愛、悟りといった、変化しない不滅のものを求めはじめます。
(多くの精神世界の本は、この転換を促すためにあるように思います。そして、ガンガジはこの転換のことを『巧妙かつ致命的な転換』と呼びます)。
自由、愛、真理に対する願望、悟りに対する憧れは、世俗的な欲望よりは高尚なイメージがあるけれど、結局はいつまでたっても終わらない旅に混乱と疑問を持つようになるのです。(つまり、目覚めのステージから見ればどちらも目くそ鼻くその欲求だということね笑)。
自由や愛、真理、悟りに対する願望を持つことが問題なのではない、願望自体は問題ではない。問題なのは、悟りが何かをもたらしてくれる(特定の結果、特定の気持ち、特定の姿)と期待することだ、とガンガジは力説します。
「すべての精神的探求者にとっての課題は、それがどんなに美しく、本質的な探究であったとしても、その最終的願望を充たすためのどんなものも追い求めるのを止める、ということです」。
(『ポケットの中のダイヤモンド』 P.187 )
ヨガ、瞑想、座禅などの精神的な修練も、何かの目的のために、今とは違う自分になるためにやるというのであれば、本当の気づきの邪魔になります。
もしそういう精神的な活動が、どこかへ到達するためのものとなってしまったら、それをやればやるほど、「自分はまだどこにも到達していない」という信じ込みを強める作用にしかならないからです。
ガンガジは、「今とは違うどこかへ行くために、真の自己実現をするために、何かを得るためにする一切のことを止めなさい」、「真の自由を実現する唯一の方法は、『何もしない』ことだ」と繰り返し語っています。
「止める」という言葉が、本の中に何度も繰り返し出てきます。
「止める」という言葉でガンガジが提案しているのは、「思考に思考を重ねない、過去の出来事を頭の中で繰り返さない、夢想に耽らない、答えを求めない、真の自己実現のためのあらゆるテクニック、戦略、手段を捨てる」ということです。
とはいえ、瞑想や精神探求、癒し(ヒーリングや心理療法)などを否定しているというわけではなく、「止めるため」に役立つなら、それらも強い味方になるということです。
精神の探求のために、瞑想をしたり本を読んだり、誰かの教えを聞きにいったりしている人は世の中にたくさんいます。
しかし、そのうちどれぐらいの人が、目覚めや悟りといった状態、真の自由、すべての葛藤からの解放を100%純粋に求めているでしょうか?
悟りや自己実現を隠れ蓑にしてそれらが何を「くれる」ことをひそかに期待しているのか、その動機にまずは気づいていることが大切なようです。
精神的な充足感?よりよい自分になること?健康?経済的な安定?理想のソウルメイト?精神世界についての知識や情報?
どんな動機であれ、それを無理に変えようとしたり、否定したり、気づかないフリをしたりする必要はありません。
ただ、真の自由以外の動機はどれも、それを手にする可能性からあなたを遠ざける、ということに気づいている必要はあるかもしれません。
「何もするな」というガンガジの教えですが、唯一「する」ことを提案しているとすればそれは、「コミット」と「身をゆだねること」です。
自由になりたい、と真剣に決意して、ただ身をゆだねる、そうすれば「必要な助けを求めるための明瞭さが生まれ、この明瞭さが次に行くべきところに連れて行ってくれる」のだそうです。
真の自由を得るために、たった今「コミット」したら、私の頭の中の欲しいものリストの本たちはもう必要なくなるのでしょうね。
う~、なんだこの抵抗は・・・。
精神探求にかなり執心している自分に気づいてしまった。

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