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罪悪感を癒す

こんばんは。
まずお知らせから。
今月16日は、福島県の福島テルサFTホールにて、「レクイエムをあなたと・雲と光のコンサート」に出演します。
上田益氏の「レクイエム~あの日を、あなたを忘れない」、和合亮一氏の詩による「混成合唱組曲『黙礼』」を歌います。
和合さんによる詩の朗読や、「震災復興へのメッセージ」対談もあります。
18:30開演、入場無料です。
お近くの方、ぜひご来場くださいませ。
homepage3.nifty.com/s_ueda/
さて、先日は「不足感」について書きましたが、今日は「罪悪感」について。
どちらも、手放せど手放せどなかなかなくならない人間の本質的な感覚です。
まず、罪悪感というのは、どんなものであっても、誰が何と言おうと、幻想です!!
ないものはない!!
あるのは、あなたの頭の中の錯覚だけです。
「いや、でも私のせいであの人は怒っている」
「私がやったことはどう考えても悪いことだ」
「あの人を傷つけたのは間違いなくこの私だ」
「私がこの問題の原因だ」
「私があの人を不幸にしている」
「みんなに責められて当然」
「嫌われてもしかたがない」
「自分が幸せになったり豊かになるのはうしろめたい」
そうやって自分を攻撃することで、実は他人に認めてもらおうとしていたり、「ニーズ」を満たしてもらおうとする策略なのですが、実際は、過去にしがみついていて、前に進まないための口実なのです。
罪悪感を持つ⇒いい気分ではない⇒ますます罪悪感を強める⇒さらに自分を攻撃する⇒人から孤立する・・・
罪悪感を抱くというのは、かなり苦しいものです。
「罪悪感」を使って、相手や境遇を責め、コントロールすることもあります。
でも何よりもまず、自分に対する罪悪感からがスタートです。
『コース・イン・ミラクルズ』によると、私たちは、決して自分だけをいじめません。自分の罪悪感から何も学びたくないから、まわりの人にも同じ罪を着せたがるのです(投影)。
しつこいですけど、冒頭に書いたように、罪悪感というのは、幻想です。
出来事そのものは、「良い」も「悪い」もないからです。
あるのは、それを「悪い」と解釈するあなたの価値感、信念です。
もっというと、実は私たちは全員が例外なく、存在しているだけで深い罪悪感を感じてしまっているのです
自我によってそう思い込まされています。(キリスト教でいう原罪)。
存在しているだけで「悪い」と思っているのですから、幸せにならないように現実を創ります。
「罪悪感」あるところに、「平和」も「喜び」も「愛」もありません。
自己嫌悪・自己否定・落ち込み・不安なども、すべて「罪悪感」が形を変えて現れたものです。
罪悪感とはそもそも、「私たちは身体というみんなバラバラの存在で、現実世界というものは自分の外側にあり、神(宇宙)と自分は別ものである」と信じているところから発しています。
ですので、深い深い罪悪感から解放されるには、この「私たちはバラバラ。世界は自分の外側にある。神と自分は別」という幻想から少しずつでも解放されていく必要があるんですね。
まずは、自分が罪悪感を持つことを選んでいる、ということに気づくことからがスタートでしょうか。
幻想ですよ~。

どんな場合にも、罪悪感には根拠が絶対にあり得ない

            イエス・キリスト
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