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なぜ書くのか

今までこの話題をあまり書かないようにしていたのは、セックスについての思いや感じていることは、
人によって本当に個人差があるし、また現代日本に生きる私たちが、
セックスに関してどれほどマインドコントロールされているかがある程度わかってきたからということがあります。

セックスしたくてたまらない人、したくない人、したいのにできない人、したいのかどうかもわからない人、してほしいのにしてもらえない人、しなくてもいい人、したことのない人、セックスに素敵な思い出を持っている人、苦々しい思いを抱えている人、嫌悪を抱いている人、、、本当にさまざまです。

私に関して言えば、人生の最大のブロックが「セックス」でした。
(自分がそうだからなのか、相談でも多いです。)
上でいくと、「セックスしたいのにできない人」というところ。

私にとってのセックスは、「子作りのためならOK、それ以外でするのは良くないこと」でした。心の深い、深いところでそう信じていたことに後で気づきました。
でも、TVや映画に出てくる衝動的なラブシーンを観るのは好きでした。
もともと性エネルギーは強かったんだと思います。

でも、「よくないこと」という信じ込みが強いため、その性エネルギーを無意識に抑圧し、自分の中に起こるセクシャルな化学反応に対して恥の感覚や罪悪感を抱いていました。

あとでわかったのですが、「子作りのためならOK,それ以外でするのは良くないこと」などの性をタブー視する思い込みは、古くは宗教、現在だと教育やマスコミによる刷り込みによります。
ここを書き出すと一冊の本になるぐらい長くなるから書きませんが、簡単に言うと、「この世には、人々が慢性的な欲求不満になることでお金が儲かる」、というしくみがあるのです。

みんながそれに気づいてしまい、性エネルギーを自由に解放することを許せるようになると、
淘汰される産業がたくさん、たくさんあるわけです。

私の場合、この集合意識にあるセックスへのタブー視、セックスに対する罪悪感の影響を多大に受けている両親に育てられたことによって、さらに「色を好むはよからぬこと」という信じ込みが強化されました。

さて、性エネルギーを抑圧する=自分の中の「セックスしたい」を否定すると何が起こるでしょう。
「抑圧と投影」を思い出してください。
性に対して自由奔放な人、つまり「やりたいからやる、それの何が悪いの?」という人に対して嫌悪感を持つようになります。

私は抑圧が強すぎたのか、デートする男性の中に「セックスしたい」が見えたとたんにアウトでした。
男性の「セックスしたい」を否定しながらも、恋愛はしたい(かなり無理な難題)。
そこで好きになった人が、私に対して「セックスしたい」がない人だったのです。
もちろん、自分が性を抑圧していることも、それを投影して男性の中の「セックスしたい」を否定していることも、なんで「私とセックスしたい」がない人を好きになったかも、当時は気づいていないです。
すべては潜在意識にあること。
気づいていないから葛藤します。なんで私は肉体的に結ばれない人と一緒にいるんだろう?って。
すべては自分の思い込みが創っている現実なのでした。。。。

おかげさまで今ではかなり、歴史に組み込まれたセックスタブーの洗脳から自由になれました。
真剣に取り組んで、約2年かかったと思います。
今振り返ってみると、洗脳ってすごいなあと思います。
自分がそこから抜けるのが大変だっただけに、他の人の洗脳されている状態も、洗脳に気づくことへの抵抗も、
そこから抜ける恐れも、よーくわかります。

つづく

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