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浮気は100%悪いこと!?

鈴木さん、久々のご登場ありがとうございます。
鈴木さんがおっしゃるとおり、『全ての現象(出来事)は、ただ起こっているだけであって、何の意味付けもされていない』、
真理を突き詰めていくと、もう本当にここにしか行きつかないような気がします。

少し前の「なぜ書くのか②」の記事にも書いたとおりです。
この世の現象、すべてすべてがそう。
いいとか悪いとか、きれいとか汚いとか、こうあるべきとかべきでないとか、そういうことはもとの世界にはなく、
人間が勝手に?自由に意味づけしたものです。

コメントに書かれていた「浮気」もそうです。
「浮気をされると100%誰でも怒る」、そう思うかもしれませんが、実際はそうでもないという話を書きます。

たとえば、もし旦那さんが浮気しても怒るどころか、むしろそれは好都合ということになることも場合としてあり得るのです。
自分が結婚した後にソウルメイトに出会ってしまい苦しむというパターンで相談に来る方、
結構たくさんいらっしゃいます。

その方たちからすれば、旦那さんも同じように誰か別の人を好きになってくれたら自分の罪悪感から解放されてどんなにいいだろう、
旦那さんにもいい人ができたらすっきりとお別れしてお互い幸せになれるのに、ということになります。

また、チャック・スペザーノさんの本に、
「パートナーの浮気相手が持っていてあなたが持っていない資質はずばり、あなたがこれから開花させようとしている新しい資質です」
と書いてあるんですね。つまり、パートナーの浮気を自分の新しい資質を開花させるチャンスととらえる視点もある。

パートナーが浮気するのは、相手が自分との関係だけだと満足していないということですよね。
なかなかそう思えなくても、それが現実ですよね。

たとえば、今の関係において安らぎが足らない、と思えば、別の人に安らぎを求めます。
パッションが足らない、と思えば、パッションを別の人に求めます。
信頼されている感じがない、と思えば、別の人に信頼を求めます。

もちろん、相手が不足だから浮気してもいい、という意味ではなく、浮気する人の未熟さも問題だし、
そちらはそちらで学ぶべきことがあるのでしょう。

ただ、「浮気した側がすべて悪い」と相手を責めて、怒り、被害者でい続けて、はたしてあなたは幸せでしょうか?
というと、本当の自分はそうじゃないことをわかっているはずなんです。

「浮気はあってはならないこと」といってパートナーやその相手を恨み、苦しみ続けるか、
「自分自身を見つめて変わって、より幸せになるチャンス」と捉えるか、
どちらも自由です。

それでもし、後者のように捉えることを選んでみるとどうなるかというと、
まず、パートナーが浮気相手から何を得ようとしているのか、を冷静に見ようとします。
たとえば、パートナーが別の女性の持つ「明るくはつらつとしたところ」に魅力を感じているとしたら、
それは、あなたも持っているけれど、まだ開花させていない資質ということになります。
あなたがその資質を開花していこうと意識すれば、それは必ず開花します。

するとパートナーは別の人にそれを求める必要がなくなります。

実際に、浮気をされて悩んでいたクライアントさんや受講生の方が素直に現実を受け入れて自分を見つめるチャンスにしたら、
浮気が自然に解消して、関係がより親密になり、新たな資質が開花したことで自分にもっともっと自信が持てるようにもなり、
浮気以前よりずっとずっと幸せになった、という報告を聞くことは珍しくないです。

エゴはあなたを新しいレベルに進ませるのをとーっても嫌がるので、
「私の愛する人を奪った憎いヤツから何かを学ぶなんて絶対、絶対に無理だ!!!!」って思うかもしれません。

でもここは、どんなに嫌でも、自分が楽になるため、幸せになるため、向き合ってみる価値はあるのです。。
ということで、「浮気は悪いこと」というのは、一つの解釈であって、この世の絶対ではない、ということになりますよね。

ただ、どんな解釈も、「これこそが真実だ」と信じ込みやすいものがあります。
それは集合意識にある観念(大多数が信じていること)だからです。
大多数が信じていること、から自由になるのはとっても難しいです。

「ご飯食べないと死んじゃう」とか、「死は悲しい」とか、「病気になったら病院へ行く」とか、「美人は得」とか、いろいろあると思います。
大多数の信じていることに乗っかって生きていくのは、ある意味とても楽です。
でも、やはり「解釈」というものがすべてエゴ(分離意識)から生まれた以上、それは人を苦しめ、不自由にします。

結局人が本当の意味で自由に楽に生きられるようになるには、
どれだけ古い集合意識の波から離れて、新たな波に乗っかっていけるか、というところにかかっているような気がしています。

あと、殺人に関してですが、
殺人の是非を問う以前に、
そもそも人間が善悪・正誤の基準を持たなければ、劣等感や罪悪感を持つこともないでしょうから、
誰かを殺めたいという欲求自体が起こらないと思うのです。。。

だからやっぱり一人一人が善悪・正誤の基準の世界から自由になっていくことこそが、
愛と調和の世界を構築していくことに繋がるんじゃないかと思っています。

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