ブログ

「仕事」について考える

つい先日のエピソードを紹介します。ある方からある仕事を頼まれまして(いろいろ特定されてしまうので、あまり詳しくは書きませんが)、私なりにできることを精一杯させていただこうと臨みました。
するとその方から、「こんなことまで本当はしないほうがよいですよ」と言われました。
「なぜですか」と聞くと、「ペイに合わないじゃないですか。こんななんでもかんでも奉仕みたいなことしたら、あなた損しますよ。」と、真剣に心配してくださるんです。
ははーん、この方は、「与えたら自分に返ってくる、しかも何倍もの利子つきで」という法則をご存知ないのだな、と。それこそ、損な話です。

そんなことを一生懸命伝えようとすると、「いやいや、世の中そんな理想的じゃないですよ」とおっしゃいます。
私も数年前までは、そんな目先だけの損得勘定ありました。もちろん今もまったくないわけではありませんが、それだけじゃない価値観、生き方を見つけられていろんな葛藤から解放されて、本当によかったと心から思います。

このことで、昔友人が習っていた歌の先生のことを思い出しました。
その先生は繰り返し、「わたしの教えたメソッドは、ぜったい他に漏らすな」とおっしゃっていたそうです。自分が苦労して得た知識、メソッドは、レッスン料という対価を払う人にしか渡さない、という考え方ですね。その当時は、それが「プロ意識というものなのか」と妙に関心したりもしました。
でも、今はそんな考えの方がいればとても気の毒に思ってしまいますね。

スキルアップの方法とか、成功する方法とか、自分が知っていることを出し惜しみするという考え方は、教えなければ自分がお山の大将でいられる、という浅はかな考えがどこかにあるはずで、そんな考え方で、はたして今よりも上のレベルにいけるのかどうか疑問です。だいたい知識や知恵を所有する、という考え自体おかしな話ですよね。

見返りを期待してはいけないのでしょうが、世の中のバランスやしくみを考えると、自分の知っていることをできる限り周りの人に伝えたり与えたりすると、期待していない見返りがあるのは当然のことのようです。

今日たまたま読んでいた本にこういうことが書いてありました。
「仕事」は事にお仕えする、と書く。英語のbusiness(ビジネス)は、「忙しいbusy」の名詞形。「働く」という言葉は、傍を楽にする、という語源。
この「仕事」「ビジネス」「働く」という三つの表現には、「金を得る」「儲ける」「稼ぐ」という意味は含まれておらず、「まわりに喜ばれるような動きを続けると、自ずと食べていくことができる」という法則を教えてくれている。

これを読んでそのとおりだなと思いました。人はいつの間にやら、「いかに儲けるか」ということばかり追従し、お金というものにもの凄いパワーを与えてしまっているのですね。
目先の損得勘定に囚われて、ケチケチしたり出し惜しみするより、どんどん外に手放し、自分の中にスペースを作ったら、そこにいつのまにか新しい知恵やアイデアが流れ込んでくる。
自分も得だし、与えた相手も得、そんな考え方ができると、本当の意味で人生豊かになってくると最近になってようやく信じられるようになってきたのですが、
なかなかそういう考え100%になれないのは、人の心の奥に根強くはびこる「失うことへの恐怖心」が原因なんだろうなあ、などといろいろ考えさせられたありがたいエピソードでした。

「人間の考え、言葉、行為のすべては〈愛か不安〉どちらかの感情がもとになってる」
(ニール・ドナルド・ウォルシュ著『神との対話』より)

カテゴリー
最近のブログ記事
キーワード検索
月別アーカイブ