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なぜ瞑想するのか?~不幸になるための訓練から抜け出すには~

不幸になるための訓練をしている私たち

世界中の人が願っていること、それは幸せになること。
毎年お正月に多くの人が初詣に行くのも、
「幸せになりますように」、とお祈りにいくのですよね。

でね、ある記事を読んで、「ふむ」と思ったのは、
私たち実際は、これまでの人生を通して、毎日「不幸」になるための訓練をしてきた
それが、多くの人が幸せを感じられない、最大の理由だといいます。

不幸になるための訓練・・・。
どういうことかといいますと、まず私たちは、
「今ある状況・環境に対し、自分の理想がある。
そして、その理想が現実となったときに、ようやく幸せになれる」
という最大の勘違いをしています。

理想の人間関係、理想のパートナー、理想の子どもの成長過程、理想の収入、理想の預金残高、理想の住居、理想の生活スタイル、理想の容姿、理想の自分像、理想の職場、理想の世の中・・・、
それらが実現したら、ようやく自分は幸せになれると。
つまり、幸せとは、自分をとりまく状況や環境に左右されるものだと。
だから、日々とにかくやることは、ただ一つ、自分の理想を追求すること。
その追求していく道中において、自分の理想に当てはまらないものに対しては、嫌うか抵抗するか、排除しようとするか、改善しようとするか、闘うか、を必死でやります。

波長の合わない誰かの言動に憤りを感じたり、
思い通りに行動してくれない子どもに腹を立てたり、
自分の不本意な言動に自己嫌悪におちいったり、
期待を裏切るパートナーの振る舞いに対してショックを受けたり、
暑すぎる、寒すぎる、雨が降ってきたといっては不快な気分になり、
乗りたい電車に乗り遅れてがっかりしたり、
交通渋滞に巻き込まれてイライラしたり、
自分の理想を実現している人に嫉妬したり、
貯金残高を見てはブルーな気分になり、
家賃や公共料金を払うのに四苦八苦し、
隣人の出す騒音に対して嫌悪感を抱き、、、

・・・と、自分では気づいていようがいまいが、
毎瞬、毎秒、私たちの心はいつも、自分の理想を妨げるものと戦っているのです。

これは、ある意味、社会のシステムがそう仕向けるようになっているのです。
学校では、「努力して、理想の自分を実現しなさい」、と未来志向を教えます。
現代の資本主義システムは、どこまでいってもみんなが等しく満足できないしくみになっています。
宗教は、「あなたの邪な生き方を改めなさい」と教えます。
コマーシャルは、「それを所有していないと、幸せになれないよ(所有の強迫観念)」と洗脳します。

こうやって私たち、「理想の~」を追求する中で、
日々、毎瞬毎瞬、長年に渡り、心を戦わせながら「不幸」になるための訓練をしているわけです。
心は、目の前の現実が「自分の理想かどうか」を識別しながら常に戦っているわけなのですが、
識別するために「心」は、それが良いのか悪いのか、正しいのか間違っているのか、上か下か、好きか嫌いかを判断しなければなりません。

この、心が現象に対して下す“判断”こそが、私たちの「不幸」を作りだす原因です。
これは嫌い、これは悪い、これは間違っている、これは下、と“判断”したとき、ネガティブな感情や思考が湧いてきます。
もう少し言うと、この「心」というフィルターが、自分なのだと勘違いしている、
つまり「心」と「自分」を同一視していることが、人間の最大の不幸の原因です。
※先日ご紹介した映画《インサイドヘッド》は、そのあたりの勘違いを解いてくれるのに役立つかも。

「心」と「自分」の同一化を外していくのが、瞑想

ではどうすればこの「不幸の訓練」のサイクルから抜け出せるのかというと、
「心」と「自分」の同一化を外して、「心」に囚われない、純粋な意識で物事をとらえられるようにしていく、のです。
これが瞑想の目的です。

瞑想とは、「心」と「自分」の同一化を外していくプロセスです。
プロセスとしてまず、自分の「心」の存在、その動き、を見つめていきます。
見つめているのは誰か、それが本当の自分(対象化することのできない意識・アウェアネス)です。

見つめていると、「心」の動きはだんだん静かになっていきます。
判断し、分析し、解釈し、定義し、評価し、戦うことに忙しかった「心」の働きが、
見つめることで自動的に静まってくるのです(自分で無理に“動き”を止めなくてもいい)。

「心の働き」が静まってくると、「心」とは関係なく存在している純粋な意識=本当の私、がようやく表に現れます。
この純粋な意識は、ものごと、現象をありのままに見て、感じます。

判断も、分析も、解釈もしない、戦わないので、
現象や置かれた状況に影響されたり振り回されたりすることはありません。

そうすると私たちはようやく、今までに体験してきたすべてのストレスや不満や葛藤は、「心」が作りだしていた妄想だったのだ、
ということに気づきます。

こうやって私たちは、瞑想を通じてあらゆるストレス、不満、葛藤から自由になることができます。
本当の幸せとは、状況・環境・現象に関係なく、既に存在している純粋な意識に気づくこと、だということです。

今まで私たちは、「不幸になる」訓練をさんざんしてきて、
それはもうすでにプロフェッショナルの域に達しています。

これからは「幸せ」になる(本当の幸せに気づく)訓練をしていきたいですよね。

さて、瞑想というと、山にこもったり、滝にうたれたり、特別な呼吸をしたり、何か修行的なものをイメージするかもしれませんが、
前述のとおり、瞑想は“行為”そのものではなく、意識の状態・プロセスのことを指します。
だから本当は、何か特別の姿勢や時間帯や場所が必要なわけではなく、日々の生活の中で、
たとえば家事をしながら、電車に乗っているとき、散歩しながら、人と会話しながらでさえ、
いつでもどこでもできることです。

ただ最初のうちは、他の雑務から離れてなるべく騒音のない静かで快適な場所で、
ある程度の時間を確保して実践してみるのがいいかと思います。

クオレヴォーチェでは、ほぼ毎月、「瞑想会」を開催しています。
「本当の幸せに気づく」訓練をはじめたい仲間を募っています。
少しお先にその訓練をはじめた者たちが、皆さんをガイドしていきます。
初めての方でもお気軽にご参加ください。



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