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思考は自分の中から湧きおこってくるものではない

思考をテーマに今日も書きます。
根源的な真理を探究していくと、びっくりするような事実に次々出会います。
今日のテーマも、最初に触れた時は意味がよくわからなかったです。
頭の中のおしゃべり、つまり思考ですが、これはすべて自分の中から湧きあがってくるものだと思っていました。
ところが!事実は違います。
「私が」考えているようにみえるあれこれ、「私の」アイデアのようなあれこれ、残念ながら「私のもの」ではありません。
宇宙=意識の海、そこに波のようにさまざまな性質の思考波動や感情波動が流れていて、わたしたちの肉体が好みの波動をキャッチしているだけのです。
96%の脳細胞が眠っている私たちには受け入れがたい事実かもしれませんが、目覚め体験をした人たちは、はっきりとそれを体験を通じて知っています。
すべての思考はあなたのものではありません。あなたがなにかを考えていると思っていても「ある種の波動」があなたのところにやって来ただけのことなのです。
あなたがなにかを考えたのではなく、あなたの肉体の中を通路として通り過ぎようとした「思考の波動(情報の波)をキャッチして感じ取っただけなのです。
思考という情報の波動は、一つの頭からまた別の違う頭へと飛び続けています。
口に出して伝えなくても、思考は絶えずある肉体から別の肉体へと飛び交っています。
ちょっとショックな話でしょうか?
あなたの「頭」が思考やアイデアをつくり出しているわけではないのです。
あなたの脳は、入ってきた情報や暗号を解析し、言語化・映像化するだけなのです。
誰かの肉体を通過してもたらされる思考や感情も、あなたにとってはまるで自分が考えているように思え、自分が感じているかのように錯覚してしまいます。
あなたはそれらをキャッチし、しばらくの間、あるいはかなり長時間、その考えに執着してしまうことでしょう。そしてそれを正しいと信じ込んでしまっているかもしれません。 
    Mana著『空(くう)舞い降りた神秘の暗号』 P.71より
人類は、思考を共有している。
思考は、人から人へ循環して流れている。
ゆえに、その人だけの思考、というものはない。
 まずは、エエッ?と思うと思います。
 あなたは、自分の脳味噌、つまり自分独自の思考の世界を持っていると信じ込んできました。
 自分の内面世界があり、それは他者には絶対分からないし、関係はない。
 また、同じ理屈で、他人の心の世界ー
 何を考え、どんな感情を味わっているのかなど分からないし、また関係もない、と考える。
 個々人が、その個体内でひとつの世界を形作り、そこで完結している。
 一人の人間、という 「閉じた世界」 が無数に存在している、というイメージ。
 このことに疑いすら抱いてこなかったので、今更それを壊そうとされても、とまどう者は多いだろう。
 受け入れる者は受け入れるだろうし、まだ時が満ちていないものはスルーするだろう。
 だから、二千年前イエス・キリストは自分の話を聞きにやってくる者たちに対しー
 『聞く耳のある者は、聞くがよい』
 と言われた。
 皆、聞かないとダメだぞ!と言っていないところが興味深い。
 魂が耕され、準備された者は受け入れ態勢ができているので、新しい認識が開かれるだろう。
 そうでないものは、今現在の居心地の良い現実にしがみつき、その世界にもうしばらく遊ぶことだろう。
 そこに、良い悪いはない。
 すべては、ただあるがままにあるからである。
 思考が循環する、ということを伝えるのに、何か良いたとえはないか、と考えた。
 例えば、広範囲をカバーした、電車の乗り換えの路線図。
 親切な手帳とか買ったら、どっかのページに詳しく載っている、アレである。
 一人ひとりは、ひとつひとつの駅である、と考えてほしい。
 そして、一駅一駅停車して回る電車を、『思考』 だと考えてほしい。
 駅は、それぞれ全然違うが、やってくる電車は同じである。
 ある客はA駅で降り、またある客はB駅で降りる。
 またある客はC駅で新しく乗り込んでくる。
 電車が同じでも、どんな客が乗っているかという細部は違いがある。
 この違いを、個々人独特の生活環境や記憶データーの違いからくる 『思考の個別性』 だと考えればよい。
(以下、続く)
       『Eye of the God~神の眼』賢者テラさんのブログ
             「
全人類は思考を共有している 2012/9/10」より
Q.普通の思考とはどのようなものでしょうか?
A. 観察してみれば、感情や思考は音符のように現れては消えるものだということがわかります。意識をその瞬間に完全に集中してみると、思考が漠然とした原初的な母体(マトリックス)から生じているのがわかります。
          デヴィッド・R・ホーキンズ著『<わたし>真実と主観性』 p.91より

この事実から学べることは、「思考」は“私のもの”じゃないんだから、いつでも簡単に手放せる、ということ♪
好きではない思考ならなおさらなこと。
自分のものだと思うと、貴重で、価値がある大切なものだと思って手放すことに抵抗をもつけれど(どれほどそれがストレスや痛みを与え、災害や苦悩を招いているとしても!!)、自分の所有物ではないとわかれば、完全に捨て去っても大丈夫だとわかりますね。
前々回も書いたように、人が思考しているときは、ものすごいエネルギーを消耗しているので、体も心も疲弊し、直観力も鈍るし、創造力も働かないし、決して生きやすい人生を送れるわけではありません。
一番やっかいなのが、無意識に思考(が生みだす身勝手なストーリー)に囚われ続けること。
意識的に「思考」し、どんな思いを持っているのかに気づいていれば別に問題ないんです。
思考しないと、ブログも書けないし。。。
まるでテロップが流れていくように、自分の中を思考が通過していくのをただ眺めていけるようにトレーニングしていくようにすることが大事なようです。

考えることが実際に必要で適切な一日の時間を合計したら、おそらく一日20分以上にはならないと気づくでしょう。仕事が忙しいか、メンタルな活動が多く要求されるような場合は、それ以上になるでしょう。しかし、注意深く観察するならば、ほとんどの思考が不必要だとわかるはずです。思考が行うことはただ不安を生みだすか、ある過去の記憶か創造する未来の中にあなたをとめるかだけなのです。
まったく考える必要がなく、この瞬間に存在する機会は一日の中でたくさんあります。
         レナード・ジェイコブソン著『「今この瞬間」への旅』 P. 71より


思考の奴隷になるのではなく、思考の主人になりましょう!!!!

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