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真実の祈りが必要なとき 1

最近うちにご縁を感じて来てくださるクライアントさんたちは、深刻な心の障害を持っていらっしゃる方がとても多いです。

幼少期から蓄積された膨大な恐怖のストレスにより自己が分裂し、現実と妄想の区別がつかなくなり、思考パターンは歪んでいき、自分に苦しみを与えてきたあらゆるものへの嫌悪と憎しみが増し、行動は破滅的になり、人生を見失いかけていたり、あるいは生きることに絶望する、、、そんな出口の見えない悪感情のスパイラルにハマっている人が、わたしが知っているだけでも何人もいるわけなので、見えていないだけで、世の中には実はそういう人がかなりの人数いるのではないかと思ったりもします。

実際、うちに来るそんなクライアントさんも、普段会社などで普通にフルタイムでお仕事されている方もいらっしゃり、一見表面的にはそこまで深刻な抑圧感情があるようには見えないケースもあります。
それぞれが表面的に大丈夫な様子を装っているので、実際近くに同じような苦しみを抱えている人がいたとしても、自分だけが深刻な心の障害を持っていると思い、その孤独感、劣等感がさらに苦しみを増やしていることも多いです。

社会生活に支障をきたすレベルになると、当然家に引きこもることになるので、やはり「自分だけが、、、」となります。

増えているのは深刻な心の病に苦しんでいる人だけではありません。
ADHDや自閉症などの発達障害といわれる子どもや大人もどんどん増えています。

心の障害、脳の障害だけでなく、現代人特有の身体の不調(アトピー、アレルギーなど)で苦しんでいる人も年々増えています。

それぞれの原因についてはいろんな人がいろんなことを言っています。
幼少期のトラウマが原因、あの食べ物が原因、この食べ物が原因、この有害物質が原因、こんな環境が原因、、。
どれも間違いではないと思います。
でも、もっとシンプルに言えば、わたしは過去に出したものが返ってきているだけなのだと思っています。
過去といっても、個としての過去だけではなく、集合意識的なものも含みます。

先日ご紹介した映画「カンタ!ティモール」。
わたしはこの映画で今まで知らなかったことをたくさん学びました。

この映画を観るまで、東ティモールというのがどこにある国かというのも知らなかったです。

東ティモールはもともとポルトガルの占領国家だったのですが、1974年に植民地支配から解放されたとき、隣国のインドネシアが武力で攻め入り、自分たちの国に併合しようとしました。

そこからこの国が独立を勝ち取るまでの24年間、インドネシア軍により残虐極まりない武力によって多くの人の命が奪われ、人間としての尊厳を踏みにじられてきました。

圧倒的な戦力の差に屈服することなく24年間戦い続けた東ティモールの人たち。
ゲリラとして戦っている中で、自分達の大切な家族を殺し、娘たちをレイプしたインドネシア兵を捕虜として捕まえた時、東ティモールの兵士たちは彼らを殺すわけでも拷問するわけでもなく、自分達の思いを伝え無傷で返したといいます。

「悲しい。いつまでも悲しみは消えない。でもそれは怒りじゃない。」

怒りや報復では、何も解決しないことを、この国の人たちは知っていました。
そんな悲しい体験をして心とからだに多くの傷を負ってきたにも関わらず、輝くような笑顔で明るく歌い続ける東ティモールの人たち。
映画には、そんなブッダの精神を持つ人たちがたくさん出てきます。
多くの犠牲はありましたが、圧倒的な武力の差にもかかわらず東ティモールが奇跡的な独立を勝ち取れたのも、彼らの祈りの力がホンモノで、それが天に届いたからなのだと思います。

そしてなぜインドネシアがこの国を執拗に狙っていたのかというと、近くに油田が発見されたからなんですね。
その恩恵を預かりたかった日本は、東ティモールの人たちの悲鳴に耳をふさぎ、インドネシアを非難することもなく、多額の資金援助を続けていました。約20万もの人たちの命を奪った狂気のような虐殺の援助を続けてきたのです。

多くの東ティモールの人たちの命を奪い、深い悲しみを与えてきたのは、インドネシア軍だけではありませんでした。

そして、監督の広田奈津子さんもおっしゃっていたけれど、このような話は東ティモールという一つの小さな国の話に限らず、報道されないから知らないだけで世界中に似たような話はいくらでもあるのです。

そんな世界で行われていることを知らずに、今わたしたちは東ティモールの人たちがかつて体験した地獄のような日々が想像できないほど平和な国で衣食住に困ることなく暮らしています。
なのにあれが足らない、これが足らない、理想と違うといって文句を言って、何のために生まれてきたのかと悩んで、しんどいとかやる気が出ないとか、めんどくさい、などと口にします。

宇宙の大原則は、「出したものは必ず返ってくる」ですから、「これは遠い知らない国の昔話」では済まされないわけです。

じゃあどうやって返ってくるのか、といえば、それがわたしの目の前にいるクライアントさんたちに現れているものであり、友人たちの子どもたちに現れているものであり、そしてわたしたちの体に現れているさまざまな症状・不具合なのです。
深刻な障がいや症状を抱え苦しむのは本人たちですが、そこに関わっている家族たちの苦悩もあります。

50出したら50返ってくる、100出したら100返ってくる、、、
だから、出したものは謙虚に受けるしかない。

今目の前にある問題に対して、やれあれを飲めばいいだの、あのグッズが効くだの、あのツールがいいだのあれをやめた方がいいだのと言いますが、それだけでは本質がまったく見えていない。

わたしが関わっている目の前のクライアントさんたちに対しては、セラピーやカウンセリングをして、もちろんそれはそれで意味があり、効果が出てきているわけだけれど、本当はそんなレベルの問題じゃない、ということがこの前の映画ではっきりとわかったのです。

本当に必要なのはお祈りです。
というか、最終的にはお祈りしかない、と氣づくようになるのだと思います。

長くなってきたので、次の記事にありがとう村から送られてきた12月のニュースレターに掲載されていた文章を次に紹介します。
映画『カンタ!ティモール』を観てから、この文章の意味が今まで以上にもっとよくわかるようになりました。

つづく

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