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「~べき」を手放す

こんばんは。
前回コメントをいただいたので、今日はそれについて返答したいと思います。
コメントありがとうございます!教育者の立場の人がまずこの「~べき」偏重を変えていこうというのは、とても喜ばしいことだと思っています。
今、わたしは小学校で教師をしています。
そこでは毎日のように子どもをコントロールしているような気分になります。この『~べき』を教育しているのです。ここにもわたしの傷んだ観念があるのでしょうか…
自分の私生活では以前よりだいぶこの『~べき』を手放せるようになってきましたが仕事となるとどうしてよいかわからず苦しいです。

このコメントの方のおっしゃることはよくわかります。私も非常勤ですが長年学校の先生をしていて、学校など決められたシステムの中で「~べき」から「~たい」にシフトしていくのはとっても難しいと思ってきました。
しかし、私生活で手放せていけるのであれば、仕事においても必ず手放せるようになってきます。一度手放して、「大丈夫」という感覚をつかめたら、次も大丈夫、となりますから。
さて、私が教師の立場として持っていた「~べき」はこんな感じでした。
「生徒は教師の言うことには従うべき」
「寝たり、注意力散漫になったりせず前向きな姿勢で授業に臨むべき」
「予習、復習、宿題をちゃんとやるべき」
「規律に従うべき」
「授業中は私語をせずに静かにしているべき」
「授業の内容を理解して、成績に反映するべき」

かつては、これらの「~べき」が絶対の真実で、100%正しいことだと思い込んでいたものでした。
生徒がこれらの「~べき」を守っていたら、先生としてはとても楽で安心ですが、そこから外れられると、腹を立てたりイライラしたり、不快な気分になり、その都度かなりストレスを貯めていました。
この「~べき」の思いを正しいことだと思って活用するのですが、うまく機能しないのですね。それはなぜかというと、そこには、「愛」ではなく、「怖れ」に基づく気づかない思いが隠れているからなのです。(そういうのってちゃんと相手に伝わるのですよね。。。)
例えば私の場合、、、
・生徒をコントロールして言うことを聞かせておけば、教師失格にならずにすむ。
・現在の教育とはそんなものだから、とりあえず右へならえしておけばラクだし安全。
といったものがありました。。。
そして、これらの思いのさらに奥に隠されているのが、次の3つの欲求です。
○承認欲求(認められたい)
○制御欲求(コントロールしたい)
○安全欲求(生き延びたい、つまり食べていけるようにしたい)
これは、私たちのエゴが持つ、3大基本的欲求と言われています。
これらの欲求が強くなればなるほど、私たちを制限し、それが入手できないような現実を創ります。
反対に、これらの欲求を手放すことで、自由と真に望むものを手に入れることができるのです。
この手放しがなかなか・・・難しかったですけどね。。。
で、今は上に書いてある「~べき」の思いをすべて手放すことができたので、仕事もかなりかなりラクちんです。
この「~べき」の思いを手放すと、今まで見えていた光景が全く違ったものに見えます。
たとえば授業中に生徒が大きな声で私語を交わしていたとしても、そこになんらかのジャッジがないのでイライラはしません。それで、その状態が自分が授業をしていくのに困るな、と思ったらただそれを伝えるだけです。
そこにはイライラの感情がこもっていないので、生徒も「あ、そうか」とすぐに気がついて自発的にやめてくれます。
忘れ物をした、宿題をやってこなかった、などのケースにおいても、では次に忘れないようにするにはどうしたらいいか、というのを一緒に考えます。そうすると、誰にとってもハッピーな一番よい解決策が出てきたりします。
「~べき」だと思っていたときは、「どうして忘れたの!?」と責め口調になって、忘れた方もこちらもいい気分ではなかったと思いますが、「~べき」がなければ、物事がすべてニュートラルに見えて、全く違う視点でコミュニケーションができるのです。
たとえ改善されなかったとしても、基本的欲求(認められたい、コントロールしたい、安心して生活していきたい)がなければ、別にどうってことないのです。
そして、コントロールの欲求を手放したら、いとも簡単に、期待以上の結果が得られるのです。
・・・とそこに行くためには、やはりまずは自分自身へのアプローチが先です。
自分に許せないものを、他人に許すのは絶対に無理です。「親業」とか、「生徒指導のハウツー」などに、「相手を責めないコミュニケーションの取り方をしましょう」などと書いてあっても、形から入っただけでは必ずほころびが出てきてしまうと思います。
ですので、まずは自分に課している「~べき」の思いを全部書き出していって、それが自分にストレスを与えているものかどうかを確認し、ストレスの原因になっている思いであれば、手放すというワークをどんどんしていくことをお勧めします。
強調したいのは、それがたとえどれほど主観的に正しいと思えるようなものであっても、「~べき」という思いはすべて、決して客観的には正しいものではないということです。
それぞれの「~べき」の思いが、どの欲求(認められたい、コントロールしたい、安心して生活していきたい)に基づいているかを見つけて、その欲求から手放すのがいいと思います。
手放したくても手放せない思い、というのも出てくると思いますが、その場合はその“思い”に感情がいっぱいくっついているはずなので、感情解放も行います。
この手放しのワークの助けになるのが、バイロン・ケイティのワーク、EFT、セドナメソッドなどです。
コメントの方の中にはおそらく、「自分はこの『~べき』の思いを取り払った教育をしたいけど、システムの中に組み込まれていると、それは無理なのでは?」という思いがあるかもしれませんが、これは、「環境が先、自分の思いは後」という発想があるからなんです。
真実は「思いが現実(環境、状況)を創る」なので、心底その「~べき」の思いから解放されたら、今まで見えていた環境、状況とはまったく違うものが見えてくると思います。
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