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奇跡とは習慣である

◎私たちは本当は一つの存在である。
それは、唯一の現実であり、真実の愛であり、自由であり、安らぎであり、究極の喜びである。
◎この世は、エゴという分離したマインドが見ている夢である。
◎エゴ=分離感(神、あるいは一つのものからの分離)なので、「私という個別の存在」と認識しているうちは、そこからは罪悪感、恐怖、孤独感、自己嫌悪、羞恥心しか生まれない。

という真理にたどりつきました、と何度か書かせてもらっています。
たどりついた、といっても、知的にたどりついただけで、私が体験しているのは依然として「私という個別の存在」です。
だから、罪悪感もあるし、恐怖も孤独感もあります。
自分のことを肉体だと思っているし、自分以外の他人が存在していると思っているわけであります。

世の中には、上に書いたような真理を実際に体験した人もいます。
いわゆる「目覚めた人」あるいは、「目覚めの状態を一瞬でも知った人」です。
そういう人たちは、もちろん、それが真実だと完璧に知っています。
一寸の疑いの念はありません。

だから、私たちにそれを伝えるときも、遠慮もためらいもありません。
他人がそれを疑ったり、拒絶したとしても、彼らにとっては別にどーってことありません。
だって、もう真理を知っちゃったから。

疑ったり、拒絶するのが、エゴ(分離したマインド)の反応だということもちゃんとわかっているからです。
そこで、「これが正しいんだ!」って戦ったところで、それはエネルギーの無駄にしかならないと。
しかも、そういう方たちは、自分のことを特別だとかえらいとかはちっとも思っていません。
それも、真理を知ったからです。

つまり、自分と思っている個有の存在はいないから、他人もいないから、優越感を持つことがナンセンスだということもわかってしまうんです。

だから、目覚めを体験した人たちは、中にはいかにもこの世を超越しちゃったような感じの人(長いおひげを生やしたインドのヨガマスターのような)もいるけど、たいていはどこにでもいるフツーの人です。

もう、本当に見た目はフツーですし、全然聖人ぽくなく、フツーにネガティブな感情を持たれることもあるみたいだし、下ネタとかもバンバン言っておられます。

最近はやたらと目覚め体験した人のブログを見つけますが、阿部さんや雲黒斉さんのようなこの分野で知名度の高い人ではなく、それこそひっそりと普通に暮らしている感じの方もけっこういるみたいです。
そして、悟ったからゴール!というわけではないみたいです。

いわゆる悟後の修業というものがあり、この世で肉体を持っている以上、つまり二元性を体験している以上は何らかの学びがまだあるし、二元性(価値判断の世界)をまだ楽しみたいみたいなのです。他の人の目覚めを手伝うという使命もあると思います。

依然としてまだ「私という個別の存在である」と思っている私は、奇跡(ワンネス)を体験したいと思っていろいろやっているわけですが、いろいろやっているのは無駄ではなく、分離感の度合いというものはやはりちゃんと変化してきています。

前は、悟った人とか覚醒体験とか、なんだか雲の上の話、自分とは直接かんけーない、みたいな感覚があったけど、今は現実の中に、そういうことをフツーに体験しちゃったような人を何人か引き寄せたので、直接話を聞けたりするし、真理について書かれた本を読んでも、前は?だらけで、文章も大半は自分の中からすべっていく感覚しかなかったのが、今ではすべての個所にアンダーラインを引きたくなるぐらい大切なメッセージとして受け止められるようになりました。

こうやって真理への信頼が増すと⇒エゴの解体がすすむ=分離感が減る=自己嫌悪、罪悪感が減る=それが人生に投影されると、幸運や喜ばしい状況、楽しい出来事が増える、肉体に投影されると体の不調が減り健康になる、社会に投影されると安心できてリラックスできる社会に感じられる、他人に投影されると、批判や怒りや恨みの代わりに、愛や思いやり、信頼などが返ってくる・・・といいことづくめです。

このブログにも真理について書いていますが、読む人の反応はいろいろだと思います。
うんうん、わかるよ~!って人もいるだろうし、半分はわかるけど、半分は??という人もいるだろうし、そんなバカな!と思う人もいるだろうし、すごーい拒絶反応を示す人もいるでしょう。

そんなバカな!と思う人、拒絶反応を示す人は、残念ながらエゴに支配されている人です。
エゴは真理が大嫌いです。
エゴが消滅しないと真実(ワンネス)を体験することはできない。
つまり、エゴにとっては死をあらわします。
エゴは死にたくないので、私たちを巧みに騙します。
私たちを目覚めや真理から遠のけようとするのです。

エゴの巧みさ、狡猾さを侮ってはいけませんよ。
いかにももっともらしい口調で私たちにずーっとささやきかけてきますから。

「あなたは不完全なんだ。人より劣ってるんだ。だからもっともっと努力して、変わって、名誉挽回しなくちゃだめだ。」
とか、
「ワンネスなんて嘘だよ。愛とはわざわざ求めなくては得られない特別なものだから、空気みたいにその辺に蔓延している愛だなんて、そんなの価値がないよ」ってな具合で。

そのメッセージは、自分の心の中のささやきだけではありません。あるときは他人の口から聞こえるかもしれませんし、あるときはテレビや本などから、入ってくるかもしれません。

でも、他人の口であろうと、テレビや本からであろうと、本来の出所は自分(エゴ)の心です。
エゴがこのように必死で自分の存続をかけて闘っているので、エゴを解体するのはチョー大変です。

エゴを解体するとは、「私という個別の存在だと思っている感覚」をなくしていくこと、つまり、自分のアイデンティティーを支えているいろんなものへの執着を手放していくことです。

所有物、職業、肩書き、学歴、知識、特別なスキル、信念体系、所属しているもの、特別な誰か、肉体(容姿、健康、性なども含む)などへの執着を手放していきます。

そして、それらを手放すとき、私たちは恐怖を感じます。場合によっては、ものすごい恐怖です。
これはエゴが生き残りをかけて闘う時の反応です。

しかし、本当は恐れる必要なんてなーんにもありません。
なぜなら、私たちは何一つ失うものなんてないし、むしろあらゆるものを手にすることができるからです。
(そこにもエゴが、「それは嘘だよ」ってささやいてくるけど、それは無視しましょう、無視!!)

それで、タイトルに戻りますが、「奇跡のコース」に、奇跡とは習慣であると書いてました。
なので、日々できることの実践を重ねていけばちゃんと新しい世界観を体験することができるのです!

ちょっと長くなってしまいましたが、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

明日の10:30~オステオパシーと瞑想のイベントあります。
まだ残席ありますので、よかったらご参加くださいね!!

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