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ホンモノの変化に、「感情を感じる体験」は不可欠

感情を感じないと現実は変わらない

わたしが、「今週はたくさん涙を流した」とか、「昨日は怒りが出てきて仕方がなかった」などと言うと、
「そんなにつらいこと、苦しいことが多いんですか」というようなことを言われることがたまにあります。

その時に、「そっか、世間では、”泣いたり怒ったりするのは不幸だからだ”という認識があるんだった」と思い出します。

こういう反応を示す人は、「無意識レベルに隠れている感情に氣づく」ことがどれだけ人生にとって大きな意味があるのかを知らない人です(知っている人の方がまだまだ少ないですが)。

「そんなに苦しいんですか?」という人には、「感情をちゃんと感じないから、あなたはいつまでも同じところでグルグルしたり、年中同じようなことでモヤモヤしてるんですよ」と言い返したくなる(笑)。

感情を感じたり意識したりすることを、つまらないこと、無意味なこと、もしくは他人事だと思っているのですね。

前回の記事に書いた、「ホンモノの変化」が起きる時には、必ず古い古い未処理の感情が出てきます。
それを感じ切って浄化しないと、人生の流れを変えることができないのです。

多くの人は、この「未処理の感情」を抑えて氣づかないようにすることに、多大なエネルギーを使っているのです。

自分の内側に哀しみや恐怖、怒り、絶望感、罪悪感などがあって、それがあまりに大きすぎると、まともに向き合ったら圧倒されてしまう・・・。
だから、カーペットの下にゴミを隠すようにそれらの感情に蓋をして、日々頭を使うことに忙しくし、グルメ、買い物、仕事、人との表面的なおしゃべり、TVやインターネットやSNS、アルコール、薬物、宗教やスピリチュアルなどに逃げて、感情を味わうことを避けようとします。→(無駄にお金も使うし、病気の原因にもなる!)

感情のごまかし方は人それぞれですが、ほとんど全員に共通しているのが、頭を忙しくすることではないでしょうか?
わたしたちは、頭を忙しくしているとき、感じるという機能をオフにできます。

頭を忙しくするのは、防衛機能

それで、何十年もこの機能をオフにしてきた人というのは、「感じるって何???」となるわけです。

カウンセリング・セラピーのセッションで無意識レベルの癒しを起すには、その問題に横たわっている感情に氣づくことが不可欠なのですが、
感じる機能をオフにしてしまった人の場合、「その時、どう感じましたか?」という問いかけを投げかけると、感じたことを答える代わりに、思考の答えが返ってくることがあります。

たとえば、「その人がそう言ったとき、あなたはどう感じましたか?」と尋ねたら、
「デリカシーが無い、と感じました」とか、「人として未熟だと感じました」などと答えたりします。

「デリカシーが無い」「人として未熟だ」というのは、あなたの解釈であり、分析であり、思考です。

感じるというレベルでの答えは、
「恥ずかしかった」、「傷ついた」、「腹が立った」、、、というものです。

これでもまだ思考に近いレベルの場合もあり、もっと深いレベルで感じられれば、
「胸がグッと締め付けらるような感じになった」、「お腹の辺りが重苦しくなった」などと体感で答えます。

このレベルで自分の感情に氣づいている人は、セラピーの効果も上がり、無意識層での癒しが起きるので、人生の流れも変わりやすい。

しかし、内面で起きていることに意識を向けないように、防衛機能として頭を忙しくしている人というのは、心理についての本を何百冊読もうと、カウンセリングを何百回受けようと、悟りや感情解放、瞑想のセミナーをどれほど受講しようと、何をどう頑張っても現実が変わらないということになります。

何度も言いますが、ホンモノの変化が欲しいのであれば、感情を感じるということは絶対に不可欠です。

残念ながら、それを、あなたの代わりにやってあげることは誰もできません。。。

それで、感じる機能をオフにしてしまった人は、「でもどうやったらいいのですか?」と聞く人もいます。

それは、感じるという機能が、自分にはないと思っているのか、とても難しいという思い込みがあるのかもしれません。
感情=自分、という誤解もあるでしょう。
長い間頭を忙しくして、感じる機能をオフにしてきた人にとっては、感情と自分を切り離して客観視する、というのは確かに難しいこと。。
人間の惰性(習慣、くせ)を乗り越えるというのは実際大変なことです。

惰性(習慣、くせ)を乗り越える唯一の方法は、繰り返すということ。
考える前に「感じる体験」を一回トライしてみる。一回やったら2回目、3回目、、、ととにかく繰り返すことで、新しい習慣ができます。

前にも書きましたが、右利きでお箸をもってご飯を食べる人が、左手で食べるのを習慣にするぐらいの根気がいるのです。

右利き=思考活動、左利きに変える=感じる時間を増やす

本格的に人生の流れを変えたければ、嫌だった過去の出来事を積極的に思い出すことです。
感情を抑圧したときのその地点に戻って、その時に何を感じていたのかを積極的に思い出すのです。
思い出して、嫌な氣分をしっかり味わう。
味わった分だけ、必ず心は自由に楽になり、人生はどんどんいい方向へと進んでいきます。

ただし、あまりにたくさんの抑圧感情がある人は、この「過去の出来事を思い出して、嫌な氣分を味わう、、」が難しいと思いますので、その場合はぜひ心理支援の専門家(カウンセラー、セラピスト)のサポートを受けてみて下さい。

十分嫌な感情を味わってるんですが・・・

「もう十分というほど感情を味わっているんです。悲しみも怒りも、絶望感も・・・。涙もたくさん流しました。でも現実はあまり変わらないです」
という人もいるかもしれませんね。

そういうタイプの人は、「《出来事》があって、結果《感情》が生まれる」と無意識に信じているのです。
それだと、いつまでたっても現実が変わらないんです。

例えば、「あの人がメールの返事をくれない(出来事)から、悲しい(結果)」、「子どもが言うことを聞かない(出来事)から、腹が立つ(結果)」、みたいな感じです。

実際の心と現実の関係は、
「《出来事》があって、そこへの《解釈・捉え方》があり、そして結果《感情》が起こる(→そして行動へ)」
のです。あなたが思っている以上に、出来事と感情の関係性は薄い。

感情を感じても感じても、楽にならないし、現実も変わりません、という人は、
この《出来事》と《結果(感情)》のまん中に挟まれている《解釈・捉え方》を調べることがないんですね。

だから、いつまでも《解釈・捉え方》にあたる部分に振り回される人生を送ります。

さっきの例でいくと、「わたしは大切にされない」、「わたしはバカにされている」などの《解釈・捉え方》が、出来事と感情の間に挟まれているはずです。

この解釈の部分は変えられるのですが、ここが変わることを、「観念の書き換え」とか、「認知のシフト」とか言います。
※このために役立つワークは、バイロン・ケイティワークです!わたしの大・大・大好きなワーク。

この「認知のシフト」は、感情を感じないと起こらないし、
反対に、感情から自由になるには、「認知のシフト」を起さなければいけません。

いつもそうとは限らないけれど、感情解放と認知のシフトには強いつながりがあります。
いつも感情は感じているけれど、全然楽にならない、現実が変わらない、という人は、《解釈・捉え方》の部分を見つめることで、本当に抑圧していたもっと深い感情に氣づけるようになります。

感情レベル、観念のレベルで自由になればなるほど、人は楽に自由に生きられるようになります。

しかし、このしくみがわかったところでそう簡単に自由になれないというのも事実です。
わたしだって、何年も感情解放や認知のシフトをやってきたとはいえ、まだまだゴールの見えない旅の途中にいます。

なぜ、そう簡単に自由になれないかというと、それはわたしたちがあまりにも強固な「常識の壁(~べき)」と「五感の壁(恐怖)」に取り囲まれているからです。。

つづく

 

 

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