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とらわれのない生き方

今日も、「自分の世界で起こっていることはすべて自分の中に存在する思考のエッセンスが投影されたものだ」ということを前提に書きます。
自分の世界に存在する人も全て自分の思考エッセンスの投影されたものです

ワークショップなどで最近よく聞かれるのは、誰から見ても非常識な人の言動に何か感じる場合も自分の思考の投影なのか!?ということです。

  • 電車でお化粧をする人
  • 近所迷惑な隣人
  • 公共の場でいちゃつくカップル
  • 公衆マナーの悪い人
  • あいさつをしない、無愛想な人
  • ルールを守らない人
    ・ ・・など、一般的に非常識と言われる行動はいろいろあると思いますが、はい、ずばりそういうです、そういう人も自分の思考の投影です。

すべて、自分が一番最初なのです。自分の意識が最初にあり、それが外の世界を創り出します。ところが、私たちは、外の世界のすべてが自分から発生しているとはなかなか思えないものです。
誰かの行動、言動に触れて自分がちょっとでもイライラ、不快感、怒り、ストレスを感じることがあれば、それは必ず自分の中にもあるのに、それを認めたくないがために切り離そうとしている部分です。
そのイライラを引き起こした人は、あなたが切り離そうとしている部分、認めたくない部分を拡大して示してくれているのです。
イライラ、不快感の度合いが大きければ大きいほど、自分の中にあるのに認めたくない、の度合いが大きいことを示しています。これが、抑圧と投影のしくみです。

たとえば、電車でお化粧をしている人を見て不快感を覚える、という人は少なくないでしょう。
そういう人は間違いなく「電車内でお化粧をしてはいけない」という信念を持っていますよね。
自分がただその信念に基づいて、自分はそういう行動をしないでいるという分にはいいのです。

問題は、そういう信念を誰もが持っているものだ、と思い、それをする人を悪い、と決め付けてしまうことです。
それは、その信念、常識、価値観などにとらわれているということになり、とらわれがあると、それに気づくまでずっと「あなたとらわれてますよー」と、そういうシチュエーションを見せられる(つまりそういう人ばかりに出会ってしまう)のです。

「電車内でお化粧をする」ことがあなたにとって何を意味するか、なぜその信念にとらわれているかを探ってみると、人によってさまざまな土台の信念が見えてきます。
「マナー違反だ」「人に迷惑だ」「公と私の区別がない」「人前で恥ずかしい」などなど。

「電車内でお化粧をするのは、迷惑だ」と思っている人は、「人に迷惑をかけてはいけない」という信念にとらわれている可能性があり、自分の中にある「人に迷惑をかける部分」を許していません。
もちろん、誰も人には迷惑をかけたくないと思うのですが、人が人として生きる以上、人に完璧に迷惑をかけずに生きるというのは聖人にならない限りおそらく無理です。
しかし、信念にとらわれている人は、ちょっとしたことでも必要以上にこれは迷惑だ、あれは迷惑だ、と自分のものさしで決め付けて(もしかするとそれはそれほど迷惑なことじゃないかもしれないのに)、自分を押さえ込み、自分を恥じ、罪悪感をもち、自分を責め、自分を否定することに途方もないエネルギーを使います。そして同じぐらいそれをしている他者を責めます。

では、その信念自体をなくしてしまえばいいのか、というとそう簡単な話ではありません。
たいていこの辺りで、信念にとらわれている人たちは葛藤しはじめます。「だって常識は常識だし、非常識なのが許されるわけがない」とか「人に迷惑をかけてよいなんてなったら、世の中の秩序はどうなってしまうのか」とか、「人に迷惑をかける自分を許すなんてことをしてしまったら、自分はとんでもない人間になってしまうのではないか」とか思うわけです。

しかし、自分の中にある「人に迷惑をかけてしまう」部分を許したからといって、本当に人に迷惑をかける人になる、というようなことは決してありません。
世の中の秩序がそれによって乱れる、ということもありません。
真実は、世の中にある現象はすべて自分の中にもあるということとそれを、自分の中にはあってはならないと思い切り離そうとすると、その面は必ず外の世界に投影され、それに気づいて自分にもそういう面があるのだと受け入れるまでいつまでもそういう現象を見せられるということです。
自分が不快だと思う現象から解放されたければ、自分がどんな信念にとらわれているかを見つめてみる以外解決法がありません。
自分の投影なのですからね!!

私は、最近やっとこのしくみが日々の生活に定着し始めて、自分の不快ボタンを押してくれる人、現象が現れると、また自分の新たな面が発見できる!と思って嬉しくなることさえあります。
自分がどんな「とらわれ」があるのかを発見して、それを受け入れたり許したりすると、さらに自己愛が高まり、それが周りにもよい影響を与えることがわかっているからです。
宇宙から見ると、正しいこと、間違っていることというものはありません。よいことも悪いこともありません。

これからの時代、とにかくたくさんのとらわれから解放されている人が生きやすい時代となってきます。
ストレスフリー、自分らしさ、軽やか、自由、解放、が新しい時代のキーワードです。
とらわれをなくしていくコツは、自分が今何を感じているかを常に観察し続けていくことです。

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